Jul 04, 2011
webデザイナーは司令官
美術大学を卒業し、無料のwebデザイナーをしている知人がいます。もちろん、インターネットのサイトをデザインする仕事。イラストレーターとフラッシュプロのデザイナーが、やはりフリーは別に活動しているので、それらの下請けに出して、webデザイナー自身は、指導者のような形に仕上げていくようです。そんなところに美大で培った人脈が生きる告げました。Web制作においてSEO対策をどうするかが重要です。 Webの世界では、検索サイトからのアクセスがほとんどで、SEO対策をすることなく、Web制作を行なっても、ほとんど見てくれる人がいないという悲しい状況になってしまいます。個人の日記などのサイトではない場合は、検索サイトの上位表示を目的としたサイト作成をしなければ、サイトを運営していく意味も薄れてしまいます。
土台に結束の精神
どこへ行っても同じがれきの山。テレビ映像より実際の惨状ははるかにひどい。津波の威力は想像を絶した。老若男女、無差別に容赦なくすべてを奪い去っていた。世界三大漁場の一つ、岩手県三陸沖。漁業で栄えてきた街は一瞬にして地獄絵のように変えられてしまった。沖縄で例えれば、国頭から糸満まで、海岸に接する街がすべて消え去ったようなものだ。実際、東北沿岸部で大きな被害を受けた街の範囲は、その距離の4?5倍に及ぶ。専門家は「沖縄に大地震が来ないというのは神話」と指摘する。大震災から何を学ぶか。
生死を分けたもの
壊滅的被害を受けた釜石市鵜住居(うのすまい)に住む県出身の千葉弘美さん(51)は「沖縄出身なので、地震後すぐ逃げるのはぴんとこなかった」と話した。地元で生まれ育った夫が、着の身着のまますぐ逃げるよう指示したことが命を救った。山を駆け上がった際、波は足元約20メートルに迫った。少しでも遅れていたら危なかった。
ここ数十年、宮城沖で大地震が起きるといわれ、三陸海岸の港町の多くで巨大防潮堤が築かれてきた。その大半が津波に屈した。「今回の規模は想定外。どんなに備えても自然には勝てない」との声もある。
防潮堤を築いても安心せずに普段から「逃げる心構え」があり、すぐ逃げた人は助かった可能性が高いようだ。地元紙「岩手日報」が避難所で被災者500人を対象にしたアンケートでは、大津波警報発令後すぐ逃げた人は約半数だったという。
海が見える場所で育った人は、海岸が入り組んでいるため見えない場所で育った人よりも心構えがあるとの指摘もある。津波は無情にも奥まった地域にも勢いを増して襲いかかり、被害が拡大した。
校舎から海が見える釜石市立鵜住居小学校は津波で学校が半壊し、指定避難所間近まで波が迫ったが、約350人が一緒にさらに奥へ逃げ助かった。津波が来たら「押さない、走らない、しゃべらない、戻らない」の頭文字を取った「おはしも」を日頃から徹底して教えていたという。
海に囲まれた沖縄。津波はおろか地震への備えさえ、生活に浸透してない。今回規模の地震や津波が起きた場合を想定し課題を洗い、備える必要があると痛感した。
便利生活のもろさ
電気や携帯電話など便利な技術に頼り切った生活のもろさも感じた。内陸の都市も含め停電や断水、電話の不通状態は人々を不安に陥れた。物流が止まると人々はスーパーやコンビニへ買い占めに走り、ガソリンスタンドには長蛇の列ができた。7日夜の強い余震後、停電すると同じ行動を取る人が街で多く見られた。
一方、自給自足に近い生活をし、普段から蓄えのある農家は被災後の生活に強かった。スーパーで食料が手に入らない都市の住民に無償で食料を分け与えるほどだ。灯油で稼働し、お湯も沸かせる反射式ストーブが飛ぶように売れた。ろうそくなど電気に頼らない道具も被災生活を支えた。
今の生活は昔に逆戻りできないほど先進技術の恩恵に浸っている。命を守る次の備えとして、いざという時、自活できる対策が必要だ。被災後の行動や生活の在り方も再考すべきだろう。
今、沿岸住民の被災生活を支えている土台は岩手県民の助け合いの心と結束だ。岩手・沖縄かけはし交流協会の工藤純一事務局長は「岩手にはもともと助け合いの精神が根付いている」と話す。それが一層大切にされ、実践されている。
沿岸から遠くない内陸の温泉旅館が避難所として確保されても被災者は「自分だけ行くわけにはいかない」と学校など地元の避難所を出ない人が多いという。沖縄が住宅を確保しても岩手からの希望者がほとんどいないのはうなずける。
長期間の厳しい避難生活で疲れていても「沖縄から来た」と言うと「あなたも大変ですね」と笑顔でねぎらってくれた。かつてない大災害から間もないにもかかわらず、行く先々例外なく温かく迎え、接してくれた岩手県民の思いやりや強さに触れるにつれ「沖縄から何ができるか」を一層考える取材となった。
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3月12日の九州新幹線全線開業から1カ月。同日から鹿児島中央駅直通「さくら」が上下8本停車するJR姫路駅で関係者の声を聞いた。(姫路経済新聞)
同駅を訪ねた4月10日は日曜日とあり、在来線のコンコースやプラットホームは姫路城観光の利用客などでにぎわいを見せる。新幹線プラットホームにも大きなバッグやスーツケースを携える利用客が目立つ。
2泊3日の旅程で熊本を訪ねるという姫路市在住の木下弘信さんは「夫婦で旅行する。熊本駅まで乗り換えがなく便利な『さくら』利用を決めた」と、話す。しかし到着の「さくら」に、同駅から九州を目指す旅行客らしき姿はちらほら。
同プラットホーム売店の西谷美義さんは「『さくら』利用客の数は少なめ。店の売り上げもほどほど」と話す。「東日本大震災の影響もあると思うが、『さくら』に使われる車両は従来の『ひかりレールスター』とほぼ同じ。目新しさに欠けるのも一因では」とも。同駅新幹線改札口の職員も「鹿児島中央駅まで最短で3時間39分と便利。もっと利用してほしい」と呼びかける。
同駅構内で営業する日本旅行TiS姫路支店の担当者は「やはり大震災の影響は大きいが、個人客を中心に問い合わせが増えている」と話し、「5月の大型連休を控え、今後は利用が増えるだろう」と期待をにじませる。
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