Feb 03, 2009

看護師求人は買い手市場

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 改正臓器移植法に基づき国内で初めて15歳未満で法的脳死と判定された10代前半の男子の臓器摘出手術が13日午前、終了した。臓器は全国5病院に搬送された。このうち、「18歳未満の提供者からの提供先は18歳未満を優先する」という国の基準が初めて適用された心臓移植が大阪大病院で終了するなど、各病院で準備が進められた。

 12日午後11時ごろ、男子の脳死判定を行った関東甲信越地方の病院に、移植施設側の医師が集合。臓器の摘出は13日午前4時2分に始まり、同日午前7時半ごろまでに終わった。

 心臓は、心室の筋肉が硬くなり拡張しにくくなる拘束型心筋症の10代男性に移植された。チャーター機で大阪(伊丹)空港に着いた阪大医師ら2人がクーラーボックスを持って赤色灯の付いた緊急車両に乗り、午前7時20分に阪大病院に到着。移植手術が午前中に終わり、自然に心臓の拍動が再開した。

 両肺は東北大病院で50代女性、肝臓は北海道大病院で20代男性、膵臓(すいぞう)と片方の腎臓は藤田保健衛生大病院(愛知県)で30代女性に移植される。もう一つの腎臓は当初、新潟大病院で40代男性に移植される予定だったが、男性側の医学的理由で手術を断念、東京女子医大病院で60代男性に変更された。

 日本臓器移植ネットワークによると、男子は交通事故で頭部に外傷を負った。家族は、主治医から回復の見込みがないと説明を受け、11日に脳死臓器提供を決意。脳死判定と臓器摘出を承諾する書類を移植ネットに提出した。男子は生前、家族と臓器提供について話し合っていなかったが、提供を拒否する意思も示していなかった。12日午前7時37分、法的脳死と判定された。

 15歳未満からの脳死臓器提供は、昨年7月に全面施行された改正臓器移植法で可能になった。【藤野基文、曽根田和久】

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 東日本大震災の津波で大きな被害を受け、閉鎖されていた仙台空港(宮城県名取、岩沼市)が13日、旅客便の運航を一部再開した。午前8時には最初の便が到着。約1カ月ぶりとなる空港再開に、利用客は「やっと戻って来られた」「便利になって助かる」などと、安堵(あんど)の表情を見せた。
 空港は滑走路に大量の土砂やがれきが流れ込んだほか、ターミナルビルも浸水し、使用不能となった。現在も敷地内や周辺にはがれきの山が残ったままとなっているが、空港を運営する仙台空港ビル会社は半年先を目標に完全復旧させたいとしている。13日は東京、大阪との計6往復が運航する。
 午前8時ごろ、「がんばろう日本」と機体に書かれた日本航空の旅客機が羽田空港から到着すると、社員らは「心はひとつ」などと記した横断幕で121人の乗客を出迎えた。 

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 東日本大震災で滑走路水没などの被害を受けた仙台空港(宮城県名取市)が13日、旅客便の運航を再開した。20日まで羽田と伊丹の2空港から1日6便(6往復)を運航する。

【仙台空港再開の様子をもっと見る】

 午前8時すぎ、羽田発の日本航空4721便がほぼ満席の121人を乗せて到着。千葉県市川市の次女宅に避難し、約1カ月ぶりに戻った仙台市泉区の無職、佐藤松雄さん(69)は「上空から見ると沿岸部がまっさらになっていて、ひどい状況だった。空港の再開は復興のきっかけになると思う」と話した。

 滑走路上を米軍などが片づけ、救援物資などを運ぶ自衛隊機や米軍機に限って離着陸していた。旅客ターミナルビルは1階到着口が出発口も兼ねている状態で、9月までに完全復旧を目指す。21日以降の運航予定は未定。

 運営する仙台空港ビルの伊藤克彦社長(60)は「復旧のスピードを上げて、皆さまを勇気づけたい」。4721便の大川博之機長(44)は「われわれも頑張るので、東北の方も頑張ってほしい」と話した。【遠藤浩二】


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